この連載を始める前に、タイトルの「モデレーター・パンクラス!!」の意味を書いておこう。このタイトルは私の期待を込めてつけたものだ。
モデレーター〔moderator〕というのは仲裁者、あるいは調停者という意味。これからのパンクラスは総合格闘技の小さな枠の中で生きるのではなく、プロレス界との交流もどんどんやりながら、総合格闘技という競技とプロレスという競技を融合した団体にならなければならないというもの。つまり、創生期のパンクラスを進化させたものだが、どっちもできる団体として業界の代表的存在になり、総合とプロレスの間の差別的発想をなくす努力をして欲しいのだ。それによってパンクラスは新しい形で突出した団体になるのではないか、と思うわけである。
現役選手の中で、おそらく鈴木みのるくらい、いまのパンクラスに本質的な危機感を持っている男はいないだろう。夢と理想のためにパンクラスを旗揚げした男だからこそ持ちえる危機感。



 パンクラスはどうあるべきか。
鈴木は11・30横浜文体で獣神サンダーライガーと闘うことになっている。当初は新日本プロレスの佐々木健介と闘うことになっていたものの、紆余曲折してライガーと闘うことになったのだ。
鈴木はライガーを闘うことになった時、絶好のチャンスが到来したと思った。
パンクラスは長い間、総合競技という真っ暗で長いトンネルの中にいた。若手たちはトンネルの中で、パンクラスという列車の中だけで各々、やりたいことをやり、なかなか前に進もうとしなかった。トンネルを出るのを恐がっていたわけじゃなくて、夢や理想の枠が自分の中だけにあるものだからトンネルから外に出て、世の中と格闘しようという発想がなかったのだろう。
そのうち誰かが外に出たいと思ってもエネルギーが古くなって使いものにならなかったり、あるいは使い果たしてしまっていて、抜け出せないでいた。このエネルギーとは、かつてパンクラスを旗揚げした頃持っていた夢と理想と考えてもらっていい。
鈴木はその真っ暗なトンネルから脱出するために大きなエネルギーを密かにたくわえていたが、それを爆発させる導火線を持っていなかった。
そんなところにライガーという格好の導火線を渡されたのだから、鈴木が喜ばないわけがなかった。

鈴木は10月12日(土)から 9日間に渡って山梨県南巨摩郡早川町にある「LAND ROVER EX」(南アルプス・ランド・パーク)でキャンプを張った。指導は廣戸聡一パンクラス公認トレーナー、パートナーは美濃輪育久だ。このキャンプで鈴木は、廣戸と話し合ってプロレスラーが理想とし、必要としている絶対的な運動能力を身につけようとしていた。つまり、相手の力に対して、よけることなく、相手の力に対して力で押し返すパワーを持つことだ。平たく言うとプロレスの力だ。
もちろん11・30に向けてのトレーニングだが、これは今後のパンクラスに絶対必要なものだと鈴木は認識していた。
しかもライガー戦は鈴木とライガーのハートとハートのぶつかりあい…。パワーはどうしても必要になってくる。
「総合の競技化していくパンクラスがあって、それはしていかなきゃならないけど、他に将来のパンクラスのために目指さなきゃいけないものがあって、それがライガーとの試合で見せられるような気がする。来年でパンクラスは丸10年。いまのパンクラスは僕らが作った時のダイナミックさ、それを失っているんじゃないかと思う。僕が現役でいる間に、そのダイナミックさを取り戻し、それを引き継ぐ選手を育てていきたい。もちろん、現在の競技化されたものと平行してね」

新日本プロレスではジュニアだが、ヘビー級のパワーを持っているライガーは、鈴木の考える「ダイナミックさを取り入れたパンクラススタイル」には格好な実験材料といってもよかった。
鈴木の練習は過酷を極めたものだった。パワーをつけるには足腰の筋肉の増量が必要になってくる。室内のウエイトトレーニングでは一定方向の筋肉しかつけられない。廣戸式のトレーニングはあくまで実戦向きの足腰鍛錬方法と言ってもいい。午前中は足腰のパワーアップに集中して同キャンプ地の芝生でジャンプなどを取り入れたトレーニング。力に対して力で押し返すためのトレーニングだ。
パンクラスは競技化していくなかで、相手の攻撃をすかしたり、はずしたりすることが多くなっている。真っ向からぶつかっていく迫力がない。プロとして、真っ向勝負のパワーを蓄積しようとしているのだ。午後からはアクアトレーニング。ヒザや肩などの関節を痛めないように筋力をつけるわけだ。
鈴木が面白いことを言った。未来のパンクラスにこれも必要なんだという感じで。
「ライガー戦のルール? どんなことをしても勝てばいいという、従来の“何でもあり”から、お互いにやりたいことをするためにルールの制限をつけない“何でもあり”が存在しても面白いんじゃないかと思うんです」
 11・30横浜文体は、この1試合だけでも見に行く価値がある。