1月26日(後楽園ホール)に行なわれたガブリエル・ベラ戦は、あと1Rあれば近藤有己が勝てた試合だった。
 1R。べラは近藤をポジション取りで追い詰めているかのように思えた。しかし、近藤はまったくプレッシャーを感じていなかった。いくらベラが柔術の名人でポジション取りがうまくても、そこから何も出来ないのでは柔術が役に立っていないのと同じだった。この時点でベラは得意な柔術で、思うような攻撃が出来ずに内心は戸惑っていたと思う。
 その戸惑いが焦りに変わったのは2Rだった。近藤はべラをヒザ蹴りなどの打撃で苦しめていったのだ。実に冷静だった。会場使用時間のせいなのだろうか、試合はこの2Rで終了したが、通常通り3Rがあれば、いったいベラはどのように反撃できたのか。それを想像することができない。
 それほど近藤は安定した実力を持っていたということだ。
 もう、ずいぶん前から近藤は安定した状態で試合がこなせるようになっていた。
それをまざまざと見せ付けたのが、前回の栗原強戦だった。
 貫禄というのは栗原戦の落ち着いた姿を差すのだろうか。この時の近藤には、相手がどうきても勝手に体が動いて対処できるんだという自信がみなぎっていた。もちろん、栗原との力量差ということもあるのだろうが、それを差し引いても近藤には、ある種の力がついていたと思う。
 栗原戦で、近藤は自己コントロールの部分でやっと開眼したのではないかと思うのだ。
 近藤は、練習の時からたえず自分に言い聞かせていたことがあった。
 それは「力みそうになったら、その気持ちを抑えて、肩の力を抜け!」ということだ。近藤によれば、栗原戦でもそれを心がけ、勝つということよりも、力を抜くことに力を注いだという。その結果が動きに表れた。
 闘いの中で力を抜いて闘うということが、どれほど難しいことか…。勝ちたいという気持ちがあると、どうしても力を入れてしまうからだ。
 近藤という男はつかみどころがない。
 勝ちたいという強い気持ちがあるが、あえてそれを胸に抑えて闘っているからだ。決して勝ちたくないのではない。勝ちたいという気持ちが心から消えた状態で闘っていれば、冷静に闘っているということであり、そうであれば、自然に勝ちが転がり込んでくるというのである。
 ちなみに、そういう“自然的な”精神はウエイトにも及んでいる。近藤はここ一年あまり、自分のウエイトをきちんと計ったことがない。試合の前に規定の体重制限をオーバーしていないかどうかを見るくらいで、まったく気にしなくなっているという。
「何キロという数字が先にあって、その数字に近づけば動きやすいというんじゃなくて、たとえば100キロでもメチャクチャ動ける時もあると思うし、僕の中ではウエイト何キロという数字に左右されるんじゃない。あくまで体の状態というか、自分のウエイトがどうあれ、ベストコンディションの状態で動けることが大切だと思うんです」
 近藤が好きな「ナチュラルさ」ということか…。
 そんな近藤と菊田早苗の試合がいよいよ近づいてきた。尾崎社長も5月までには対決させたいという考えだ。
 どんな答えが返ってくるかと思いながら、菊田戦について聞いてみた。
「特別に何も考えてませんよ。みんなが期待をしている試合だから、今回こそは実現させたいなという感じ。そして対決する時は、最強の挑戦者として、その日を迎えたいなと思うくらいですね」
 −菊田のことは怖くない?
「怖くはないです」
 −もう、そういう感情はコントロールできるようになっているのか?
「いや、そんなことはないですよ。例えば、ミルコとかシウバとかと試合をするんだったら、怖さを感じるかもしれない。菊田さんには感じないですね。というのは、人間って殴られることに恐怖感を感じるんじゃないですか。菊田さんの打撃には恐怖感がありませんから」
 −しかし、菊田選手にテイクダウンされたら、それなりの覚悟がいると思うが…。特別に柔術のトレーニングもやっていないから、不安な気持ちはあると思う。
「確かに横浜道場に柔術の得意な強い選手がいればいいなとは思う。だけど、どこかに稽古に行くということは考えない。僕の目標は菊田さんじゃないので…」
 菊田が目標ではないと近藤は言い切った。
 実をいうと近藤の目標というのは、目の前の人物ではなくて「達人」。確かに達人であるならば、柔術がうまかろうが、打撃がうまかろうが、どんなところから攻撃されても平気。
近藤はそんなふうになりたいと常日頃から真剣に思っているのだ。柔術の巧みなベラと闘ったことで、近藤はベラ戦の反省を菊田戦に生かす事ができる。
近藤vs菊田戦。
いまの近藤なら、ひょっとしたら我われの想像を軽く超えてしまう試合をしてしまうかもしれない。