近藤有己選手は、不思議な選手です。
 2003年の大晦日、『PRIDE 男祭り』でマリオ・スペーヒー戦に勝った近藤選手が会見を終えて席を立った時、誰からともなく、拍手がわき起こりました。あの時の温かい空気、自然な感じ・・・。一緒になって拍手しながら、とても不思議な感じがしました。
 今では、ごくたまに見られることですが、インタビュースペースに来た選手に対して拍手が起こったのは、私の知る限り、近藤選手が初めてだったと思います。
 普通そういった場では、記者はとても忙しく、インタビュースペースというのは殺伐としがちです。まして、大晦日の長丁場。正直、選手に対して拍手するなど、余裕がないというのが本当のところ。でも、近藤選手は、みんなを引き込み、人を自然にニコニコさせてしまう力を持っているようです。あんなに穏やかで温かい雰囲気だった会見には、それ以来まだ出会っていません。
 試合前の公開練習や、カード決定会見などの時も、近藤選手はフレンドリーに、しかし節度を守り丁寧に答えてくれます。近藤選手ほど相手に温かい気持ちを抱かせる選手はそう多くないでしょう。

 4月23日、近藤選手は『PRIDE ミドル級GP』でイゴール・ボブチャンチンと闘いました。
 ボブチャンチン戦を観て、ファンがまず疑問に思ったことは、体重差ではないでしょうか。今年のミドル級GPメンバーの中で、近藤選手は87kgで最軽量です。体重が多いとパンチもパワーが出ますから、総合格闘技においては大きな問題です。
 しかし、近藤選手は・・・
「体重は、これでいいと思っています。むしろ、もう少し落としてもいいくらいです」
 思えば、打撃の強いヴァンダレイ・シウバ戦で87kg、パンクラス無差別級でのジョシュ・バーネット戦で86.9kgと、近藤選手の体重には大きな変化はありませんでした。なぜなら、それが自分に一番合った体重だと考えるからなのです。近藤選手はこう言います。

「上の階級であろうと下の階級であろうと、一番自然な状態で闘える自分でありたい」

 『PRIDE』は世界の強豪が集まる大会です。この舞台で勝つ姿が見たい。近藤有己の強さを全国の人に知らしめたい。そういう気持ちはファンなら誰もが持つでしょう。まして「勝つパンクラスを見せていきたい」と言ったのは近藤選手自身です。ならば、勝つ姿を見せてほしい。“勝つ”ことを何より最優先させて、体重も増やして欲しいと思った人もいたことでしょう。

「それについては、本当に申し訳ないと思います。この体重で、階級も落とさないということは、僕のわがままという部分もあると思います」
 近藤選手にとっても、ここが苦しいところなのでしょう。パンクラスという団体を背負っている責任と、一選手として追い続けたい理想の部分。それが、なかなかピッタリとこないのです。

 少し話は飛びますが、スペーヒー戦後、近藤選手は新しい車を購入しました。車種はトヨタ カローラ・フィールダー。それほど高い車ではありません。近藤選手がこの車を買う時、尾崎社長は「もっと高い車を買えばいい。たとえばキャデラックとか(笑)」と言ったそうです。ところが近藤選手は「あれでいいです。いや、あれがいいんです」と答えたそうです。
 実を言うと近藤選手は、知り合いの人に「もっと高い車を買った方がいいでしょうか? そうすれば、後輩の励みにもなるかなって思うんですが・・・」と相談していたといいます。

【その時、自分に必要ないものは無理に持たない】

 今の近藤選手は、こういう状態なのではないでしょうか。
 『PRIDE』では、近藤選手にかなり多くの声援が飛びました。これは、いかに近藤選手が『PRIDE』のファンにもアピールしているかということ。後援会のイベントに参加した『PRIDE』ファンの一人は、「厳しい試合を闘い抜く姿だけでなく、温かい雰囲気を併せ持っているところがいいですね」と語っていました。

 闘いというものを単なる勝敗だけで考えていない。無駄をそぎ落とし、素の自分をどこまで高められるか。そういう求道的な態度が、近藤有己という選手への信頼や期待につながってきました。『PRIDE』では、まだそれが勝ち星につながっていません。でも、もう少し長い目で見守りたいと思うのです。ジョシュ戦やシウバ戦は負けたけれど、ただの「負け」で片付けられる試合ではありませんでした。そして、勝った試合でも「勝ち」という以上の何かを、近藤選手は感じさせてくれたはずです。
 だからこそ、直前の試合で敗れてもなお、『ミドル級GP』出場資格を獲得することができたのではないでしょうか。そう、近藤選手は実力で「GP出場資格あり」と認めさせたのです。近藤選手が『PRIDE』のリングに上がるようになって足掛け2年。これは勝つことと同じくらい、パンクラスの存在を格闘技ファンに知らしめるという役割を果たしてきたと言えるでしょう。

 「有るがまま」だけれど、ただ「有るだけ」ではない。近藤選手は常に上を向き、高い目標を目指しています。たとえて言えば、川のようなもの。川にも、速い流れのところと、少しよどんだ部分があるように、今は少し流れが遅く見えているだけなのではないでしょうか。
 川は常に流れて変化します。近藤選手も、止まることなく変わっていくのです。心配しないで。近藤有己は元気です。